新興宗教オーケン教 ~総天然色サブカル青春時代~【前編】

わたくし、友人知人とお話ししていると

「なんでそんな変なこと知ってるの??」

と、しばしば言われることがあります。

「物知りだね!」や「歩く辞書だね!」

というニュアンスではなく、あくまでも

「変なことにやたら詳しい」

という印象をもたれるようです。

 

これにはズバリ理由があります。

 

わたくし、中学生のころ大槻ケンヂにぞっこんハマっていたことがあります。

わたくしの「変なこと知識」の8割はオーケンから学びました。

大槻ケンヂさんといえば、現在も「筋肉少女帯」「特撮」のバンド活動をしておられる、90年代サブカルのカリスマであります。

しかしながら、こう言っちゃなんですが、ファンになった入り口は筋肉少女帯ではありません。

あれはかれこれ30年近く前、小堺一機司会の「ライオンのいただきます」が「ライオンのごきげんよう」にリニューアルされたころでした。

長髪ウェーブを肩に垂らし、顔の半分にひび割れのメイクをほどこした長ラン姿の青年がゲスト出演していました。

まだその頃は馴染みのないサイコロトークを、軽妙かつのほほんとした語り口でトークを繰り広げる大槻ケンヂその人に、13歳のわたくしは大変興味を持ちました。

「この人知ってる、高木ブーの歌うたってる人だ。」

のほほん雑記帳(のおと) JICC出版局 1992年

それから間もなく、書店で出会ったこの本「のほほん雑記帳(のおと)」

この本一冊に、友達なんていない、もちろん異性にモテルワケガナイ中学生ゴゴロをぐわんぐわん揺さぶられ、その後の人生に大きく影響を及ぼすことになるのです。

というわけで、思春期に身も心も心酔し傾倒した大槻ケンヂ書籍を紹介がてら語ってゆこうと思います!

(いつだって前置きは長いのさ。慣れてください。)

※主にハマっていた1991~1994あたりの書籍を中心にご紹介します。

 

わたくしの「はじまりの書」である「のほほん雑記帳」。

様々な雑誌に連載されていた文章をまとめて本にしたからなのか、かなり雑多な内容であることは否めませんが、自己の恋愛観や体験を赤裸々に語ったかと思えば、プロレス愛を熱く語り、はたまたポルノ映画やストリップ劇場への哲学的な情熱に触れ、かと思えば江戸川乱歩、夢野久作、寺山修司から海外の作家に至るまで造詣が深かったりと、大槻ケンヂという当時25歳の青年の多才さを垣間見るには十分すぎる内容でした。

13,4歳のわたくし、これを手あかにまみれるほど読みふけりました。

それはもう、何度も何度も読みました。

それまでお笑いとギャグマンガをこよなく愛するすっとぼけたコドモだったのですが、これを境に「思春期」というビッグバンにも相当するインフレーションが脳内で炸裂して、物憂げなサブカル少女に形態を変化させたのでした。

 

・・・親がいちばんめんどくさいヤツ!

 

とにかく多感な時期に、ピンクフロイド、新日本プロレス、ロック座、三島由紀夫、中原中也、スティーヴンキングに諸星大二郎、つげ義春など、刺激的な文化を一気に知ってしまったというわけです。

随所にカワユイオーケンのお姿が。 はっきり言ってビジュアルもドストライクである。

まだインターネットなんてものは普及していない時代。

「もっともっとオーケンのことが知りたい!」

と思うものの、お金も時間もない中学生、さらに当時わたくしは愛媛県は松山市、石手寺からマントラ流れ、弘法大師さまの見下ろす山のふもとに暮らす田舎暮らし。

テレビとラジオと雑誌が貴重な情報源であり、「ねー大槻ケンヂって知ってる?」などと気軽にお話しできる友人などいないので、とにかく第六感を研ぎ澄ませて、オーケン情報が得られる媒体をくまなくチェックしまくりました。

すると「のほほん雑記帳」以前に、エッセイを出版しているもよう。

「オーケンの のほほんと熱い国へ行く」
GAKKEN MOOK 1991年

「行きそで行かないとこへ行こう」
GAKKEN MOOK 1992年

中学生にとっての1200円から1400円という書籍代はバカになりません。

しかし既にわたくしの中で、あたかもダイバダッタのごとく導きの師と化したオーケンの「おことば」を読み逃すわけにはいかない、という強い意志に従い、おこずかいを前借し、この2冊を購入しました。

ちなみに「レインボーマン」ヤマトタケシの師、ヨーガの達人ダイバダッタのことを知ったのもこちらの本。

「オーケンの のほほんと熱い国へ行く」

この本の冒頭9ページにわたり、「ヤマトタケシがビンボーから脱却するためハングリースピリットを発露する手段として格闘技を始め、最終的にはダイバダッタの余計なお世話でレインボーマンになる」というデタラメさを語っています。

インド旅行記を書くにあたって、レインボーマンを引用するというあたりにハートをがっちり捕まれるんですよねーホント。(そういうサブカル中高生多かったはずだ!)

 

「のほほん雑記帳」のおよそ半年前に発刊された「オーケンの のほほんと熱い国へ行く」は、インド、タイ旅行記です。(個人旅行ではなく、テレビの企画であったようです)

オーケンは初インドを、コルカタ(カルカッタ)からベナレスでのガンジス沐浴をゴールにして物語を締めており、全般的に酷暑と日本文化とあまりにもかけ離れた「あってないようなインド・ルール」に、ほとほと打ちのめされている印象を受けました。

どうやらボクの持っていた常識や道徳なんていうのは、海ひとつ越えたらもう少しも通用しないものだったようだ。真理はひとつなんかじゃないのだ。
この世というのは、ボクの考えていた以上に深く濃いところにあるのだなぁ、キット。

「オーケンの のほほんと熱い国へ行く」より

 

三島由紀夫が

「インドには行ける人と行けない人がいる。それはカルマによって決定づけられる」

と言ったとか。

わたくしは早々と悟りました。

「あたいの業(カルマ)ではインドには行けんな。」と。

というわけで、大人になってからタイに行きましたよ。

安全パイのバンコク、プーケットですが。

やはりダイバダッタ・オーケン師の行ったところにはいかねば!

現地で調達したノートにしたためたタイ旅行記

商魂たくましい観光地商人に心折れるわたくし

魅惑の島プーケットでこんな浮かない顔をしている自分が、我ながら情けないやら面白いやら。

あたま触られるの今でも苦手なんですよね~・・・どうでもいい話ですが。

 

そして「オーケンの のほほんシリーズ2」と称して発刊された「行きそで行かないとこへ行こう」

”のほほんシリーズ”はシリーズ化したこの本で終わっているのですが(そこもまた良し)、これにもまた多大な影響を受けました。

このケンケンのTシャツをジャスコ被服コーナーで見つけて、脊髄反射で買った記憶がある。

「行きそで行かないとこへ行こう」の中で、最もお気に入りのくだりが以下の通りであります。

  • オーケン、都民が行きそで行かない東京タワーへ行く
  • そこで蝋人形館に入り、ジミヘンやフランク・ザッパ、ピーター・ガブリエルなどのマニアック・ロッカー蝋人形を見つけて腰抜かす(これについて「ドリフターズを差し置いて玉川カルテットが蝋人形にされるようなもの」と例えている)
  • 後日、中島らも氏との対談で、「アナクロで今一番アホなのは東京タワーである」と熱弁
  • 中島らも氏「でもねぇ、大阪の通天閣にはビリケンさんがいてるからねぇ」と一蹴する
  • オーケン、府民が行きそで行かない通天閣に登り、ビリケンさんのエピソード、新世界のデタラメさにひれ伏す

 

東京生まれ東京育ち、文学少年だった子供時代を過ごしたオーケンが表現する、ヒガシとニシの「アホ対決」、フランク・ザッパの蝋人形 VS アメリカ生まれ大阪育ちの神様ビリケンさんの構図に腹を抱えて笑い転げました。(今読み返してもちゃんと面白い)

また、この本に出てくるエピソードで、なかなか面白い表現だな、と思ったところをご紹介します。

「Aさん」と敬称はついているが、この場合の「さん」は便宜上のものである。「ゴジラ」「モスラ」の「ラ」のようなものであると思って欲しい。

「行きそで行かないとこへ行こう」より

わたくしと同世代、あるいは上の世代で、運動部に所属していた方ならご経験があると思いますが、1個でも年上なら最上級の敬いを示さないとならないタテ社会でした。

そのクセが抜けないのか、大人になったいま、どんなに親しくなっても「さん」付けで呼んでしまうので、お相手が「さん付けなくていいよ」や「〇〇って呼んでね」と言ってくれない限り永久に「さん」付けで呼び続けてしまうのです。

なんとなく距離を感じさせてしまうかなぁと思いつつ、「まぁこれは『ゴジラとかモスラのラ』のようなものだし」と自分を納得させているし、人に聞かれたときにそう言うようにしているのです。

このように、中学生の時に読んだオーケン・エッセイの語り口、考え方、趣味嗜好など、30年近く経った今でも継承(?)していたりするのでした。

 

さて、ここまで読み進めてくださった方、

「こいつ、一体いつまで語るつもりなのか・・・」

と舌打ちしていることでしょう。

ええ、自分でもあまりにもとりとめなく長くなったと、反省しております。

でも、これは前編です。

前編では「エッセイ」を中心にご紹介しました。

後編では「小説・詩集」をご紹介します。

ご紹介しますったら!!

 

というわけで、性懲りもなく後編に続く。

 

【くどめの追記】

エッセイとしては、もう一冊「ボクはこんなことを考えている」という本を93年に出しています。

ボクはこんなことを考えている
株式会社メディアファクトリー 1993年

当時オーケンは様々な雑誌に連載をもっており、「別の雑誌だからいーか。」と思ったのか、あまりの多忙さにうっかりしたのか、お気に入りすぎるエピソードなのか、前出した本と被る内容がいくつかあるため、この本は割愛しました。

とはいえ、オーケンのおとぼけ父母さんのエピソードからノストラダムス、冝保愛子、霊界、UFOなどオカルト話など大変秀逸なので、機会があったらみなさまにも読んでほしいものであります。