えっ
後半も読んでくださるのですか?
変わり者ですね!!
というわけでわたくし、よむよむこが中学高校時代にアトレイユの馬のごとく沼にハマったオーケンこと、大槻ケンヂ書籍について、引き続き語ってゆきたいと思います。
オーケンは実に多くの書籍を出版しています。
アルバムを作り、全国ツアーにまわり、時にはバラエティなどテレビ出演もあり、ラジオもレギュラーを持っていたというのに、よくぞこのペースで連載をもっていたなぁとつくづく感心します。
そして、前編でご紹介したエッセイのほかに、なんと小説も書いておられるのです。

新興宗教オモイデ教
角川書店 1992年
「新興宗教オモイデ教」
大槻ケンヂ、長編処女作であります。
クラスの謎めいた美少女「なつみ」に惹かれる内向的で人付き合いの苦手な主人公、八尾二郎。
その美少女「なつみ」は新興宗教団体「オモイデ教」の熱心な信者であり、二郎はなつみの奇抜な行動に振り回されていく異色青春(?)ストーリー。
「悪しき者=凡庸な人々をこの世から一掃する」というのがポリシーのオモイデ教。
なつみは「メグマ波」という電波を使って「悪しき者」を淘汰するために、二郎こと「ぼく」をオモイデ教に勧誘するのだった。
・・・
・・・これは
中二病ってやつですね!
でもこの26歳のオーケンが描いた中二病全開のアナーキーな青春ストーリーは、14歳、中二真っ只中のわたくしにドズバーーーン!!と刺さりました。
「わたしに友達がいないのは世の中のせい。ポストが赤いのもキリンの首が長いのも、全部世の中のせい。」
と、無暗に世をはかなみ、ひねくれ、「新興宗教オレ教」という独創性のかけらもない私小説を、コクヨノートにしたためるのでした。
(でもSNSが普及するにつけ思うけど、この物語まんまのデンパな人ってごろごろいるよね…)
さて、お次は短編小説集のこちら。

くるぐる使い
早川書房 1994年
「ぐるぐる」ではありません、「くるぐる」です。
本のタイトルとなっている「くるぐる使い」を含めた5つの短編小説で構成された本作。
いずれも精神を病んだ人が登場するやるせないお話ですが、前出の「オモイデ教」と比較するとより純文学な感じがします。
「声」の存在感じるようになり狂気に侵されてゆく妹の麗美子と、何もできないで戸惑う兄、時夫の哀しい物語【キラキラと輝くもの】
「くるぐる使い」と呼ばれる、超能力を使う少女として仕立て上げられた美那と、大道芸人だった老人の悔恨のお話、【くるぐる使い】
いたいけな少女に憑依した悪魔を追い払うためやってきた男と、少女の母の、どこか滑稽なミステリー【憑かれたな】
中学生、新井春陽の夢か現かヒステリックなおはなし【春陽綺談】
いじめられっ子で救いのない「のの子」の生と死のサイケデリックで奇抜なお話【のの子の復讐ジグジグ】
うーん、書いていて「サブカル!!!」って感じしますね。
「ガロ」に連載されていたような、不条理で悲惨で救いのない漫画の世界。
こういう雰囲気にいちいちうっとりしていた中学生だったのですヨ。
そりゃ友達できんわ!
さて、たった2冊ですが、闇をひしひしと感じますね。
ええ、わたくしも過去の自分に深い闇を感じつつ、「思春期ってこえー」と慄かざるを得ません。
しかし、この1年前にこんな作品を出しています。

グミ・チョコレート・パイン グミ編
角川書店 1993年
「グミ・チョコレート・パイン」は、このグミ編の後、チョコレート編・パイン編と続く、まごうことなき長編小説です。
「大槻ケンヂ半自伝的小説」と冠されることが多いようですが、ご本人は否定しているようですね。
でも主人公の名前は「大橋賢三」であり、冴えない内向的な高校生であり、何より登場するエピソードがエッセイに書かれていたものと酷似するので、「自伝」と謳われても致し方ない内容なのであります。
この「グミ・チョコレート・パイン」は、漫画にもなり、映画化もされました。

「グミ・チョコレート・パイン」2007年
監督はあの、ケラリーノ・サンドロビッチ、通称ケラさん。
劇団「ナイロン100℃」主宰であり、かつてオーケンが所属していたインディーズレーベルの「ナゴムレコード」の主宰でもありました。(ご本人も有頂天というバンドのボーカルでした)
同じくナゴムレコードに所属していた電気グルーヴが、この映画のために「少年ヤング」という曲を書き下ろしています。
この映画を観たときは、胸に熱いものをグワーーーっと感じたのですが・・・
実はわたくし、「グミ・チョコレート・パイン」は「グミ編」しか買ってないんです・・・
高校に入ってわたくしには友達ができました。
「あなたが好きなものを理解はできないけど、否定はしないよ!」と言ってくれる友達です。
カラオケでミスチルやザードを歌う友に続き、「踊るダメ人間」(筋肉少女帯:1991年)を歌っても合わせてノッてくれる友達です。
オーケンに影響されて行きたがったタイに、一緒に行ってくれる友達が。
このころ、オーケンはUFOや怪奇現象をテーマに詩や物語を書くようになっていました。
なんとなく、彼の厭世観が子供っぽく感じられるようになってしまいました。
いつしか、おなじくナゴム出身のミュージシャンである電気グルーヴにハマっていました。
オーケンの描く筋肉少女帯の楽曲が「陰の毒」であるとすると、電気グルーヴは「陽の毒」でした。
幼いころ「そんなこと言ったら悪いでしょ」と大人にたしなめられていた悪口を、あんなにのびのびとご陽気に音楽にしていた電気グルーヴに惹かれたのでした。
残念ながら、わたくしのオーケンの作品コレクションはここで終わります。
環境が変わり、価値観が変わり、見える景色が変わっていってしまったのです。
成人しても、相変わらず世の中を斜めに見ていましたけどね。
書籍紹介と話はそれますが、実はオーケン・マイエピソードには後日談があります。
社会人となり、東京で暮らしていたわたくしがふらりと新宿の「青山ブックセンター(現ブックファースト)」に行くと、なんとそこでオーケンがサイン会をしていました。
大人になっても邪道と獣道を好き好んでまい進するタイプでしたが、それは紛れもなく思春期に大いに影響を受けたオーケンのせい()に他ならないわけですし、確実に人格形成に影響を与え、当時カミとしてあがめ一目でいいから会いたいと焦がれたオーケンその人に会えるというのですから、興味をもたないわけがありません。

大槻ケンヂのザ・対談 猫対犬
2002年 ソニー・マガジンズ
この本を購入して時間までに並んで待っていれば、本にサインしてくれるという。
期待と不安入り混じるなか、非常階段に並ばされるわたくし。
もう17年も前の話ですから、細部は忘れましたが、オーケンを目の前にしたときのことは覚えています。
いよいよわたくしの番に・・・!
オーケン「こんにちわー」
わたくし「こここんにちは」
オーケン「なにさんですか?」
わたくし「よむこです」
オーケン「よむこさん、こんどライブがあるからこっちも是非きてねー」
時間にして1分もなかったんじゃないでしょうか。
オーケンは、アーモンド型の大きな目の美しい男性で、テレビで見た通りのやわらかな口調で話すお方でした。
中学生のころ、惚れて惚れぬいたオーケンと同じ年の25歳になっていたわたくしは、感動というよりは、寂寥を感じたのです。
あたかも、「新興宗教オモイデ教」に出てくる「なつみ」が恋焦がれる教祖様が、とても普通の男性だったように、25歳のわたくしにとってオーケンは「過去のスター」にうつってしまったのです。
さて、それから現在、中年になったわたくし。
贅肉も人生経験も、そこそこの厚みを持つようになりました。
オーケンが深刻なPTSD、うつ病に苦しんだことなども知り、また、ピエール瀧さん逮捕についてオーケンらしい柔和なコメントをしたことをネットニュースで知ったり、深くではありませんが、動向をつい追ったりなんかしています。
家族とも学校とも折り合いの悪い思春期時代に、ちょっとだけ高い所へ放ってくれたのは紛れもなくオーケンの詩や、ことばや、物語でした。
いまこれらの作品を読み返すと、思春期の自分の浅はかさなどをフラッシュバックさせては真っ赤になったりしていますが、大切な思い出です。
サブカル全然通ってないけど、怖いもの見たさで読んでみようかしらんと思った方、ぜひオーケンワールドに触れてみてほしいと思います。
【しくこくおまけ】
今回は書評カテゴリなので曲の紹介ははしょりましたが、当然「筋肉少女帯」CD、ビデオ、PV集(VHSしかもってなかったのでDVDを買いなおした)またオーケンが出演した映画などもすべて所有しております。
そんなオーケンが出した初の詩集「リンウッド・テラスの心霊フィルム」を最後にご紹介しておきたいと思います。

リンウッド・テラスの心霊フィルム
1990年 思潮社
このなかから一節。
モーレツア太郎
啓蒙してくれよ
狂えばカリスマか⁈
吠えれば天才か⁈
死んだら神様か⁈
何もしなけりゃ生き仏か⁈
そんなロックで子供が踊るよ
モーレツア太郎
ひとつものを教えてあげてください「モーレツア太郎」より
ふふふ、考えず、感じてください。




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