指宿から熊本へ向かう途中、九州自動車道は桜島SAに寄りました。
ここ、すんごい数の顔出しパネルが!
なんとパネル11体、18キャラ!
もー、穴という穴に顔をつっこみまくりましたよあたしゃ。
ダンナと次男が、奄美でのご夫婦ショット。
片腕で次男を抱え、愛加那ホールにカップインしてるようす。
この謎の無茶でダンナは肩をいわしました。
(次男は幸せそうなのでイーブンですね)
夕飯は黒豚トンカツ食べて、21時ごろ熊本の宿へ到着。
予約したときは意識してなかったけど、熊本市内のホテルがデザイナーズホテルみたいですごくステキでした。
余談ですが、家族旅行のときいつも「和洋室」を探します。
今まで、子どもが添い寝でも平気なサイズだったころは、ツインでも良かったんです。
でも、ここ最近、ベッドだとわたくし床に蹴り落とされる確率が上がってきたため、「和室」にしてみたところ、ゴロゴロ転がってきて子どもたちが乗っかってくるんですよね…
てゆーか、常にゴロゴロ転がってるんですよね…
生コン車か!!
そこで、ベッドと畳がある和洋室にしますと、ひとりひとり、きちんと自分の布団で寝ている!
ゴロゴロ転がってきても、高さが違うので乗られないで済む。
和洋室、優秀。
値段はツインと変わらず。
和洋室、優秀。
そんなわけで、しっかり睡眠をとった翌日最終日、熊本城へ。
痛々しい震災の爪痕と、粛々と進められている修復作業。


そういば熊本藩の家老、長岡監物さまはドラマに出られるかしら?
募金ボーイ。
無心のお顔。
(写真は苦手なお年頃)
さて、熊本城からおよそ16キロ。
田原坂へ参ります。

こちらは戦没者の慰霊碑です。
手を合わせて参りました。
「雨は降る降る
じんば(人馬)はぬれる
越すに越されぬ田原坂
右手に血刀 左手に手綱
馬上ゆたかな美少年」
ここまで刻印されていますが
「山に屍 河に血流る 肥薩の天地 秋淋し」
までで完結される、熊本の民謡です。
両軍合わせて1万5000人とも言われる死者を出し、とくに若者が多く亡くなったことへの弔いを込めてこの「馬上の美少年像」が建てられたとか。
ここではたと気づいたのです。
田原坂西南戦争資料館の各種無料パンフレットをご覧ください。
東京ビッグサイトでよく見る薄い本みがありませんか!
…なるほど、「美少年」をクローズアップしているため、ちょっとポップなコピーや表紙になっているのですね。
あ、ちなみに中身は逸話や戦況、当時の食事や嗜好品などオールカラー、写真やイラストで大変充実した内容になっております。
「恋する〜」のほうは、ゆかりの地での戦況を解説しつつ、カフェやレストラン、愉快な見どころを紹介するという
アンビバレンツなガイドカタログとなっております。
…あえて言わせていただくなら
「恋する西南戦争 美少年をおいかけて」
ではなくて
「恋する美少年 西南戦争をたどって」
とかのほうが良くね?
と思った次第です。
さあ、資料館内の展示、両軍の熾烈きわまる戦いをしかと拝見いたしました…
体感ゾーンは薄暗く天井の高い部屋にスクリーンがあり、戦場の臨場感を味わえるというものでしたが、切なかったですね…
田原坂は日本赤十字社が生まれた場所であり、命の尊さと平和の大切さをかみしめ最後のゾーンへはいると
でかい西郷さんの履歴書が。
そして、鈴木の亮平さんがブログで紹介していた、当時の薩摩軍装備のレプリカを身につけられるゾーン。
行く前は浮かれて、「頭髪の一本でも残ってないかなげへへ」と思ったりもしてましたが
展示を見て歩いたあと、そんな自分がなんだかとっても不謹慎な気がして、
せめてこれだけ、ツーショットに。
(帽子をこっそり撫でてきたのはナイショです)
長くなりましたが、とりあえずここまででおしまいにします。
こぼれ話とおみやげ話は、また後ほど。
【追記】
まじめなパンフレットもあります。





無節操に読み散らかしております、読書日記。
知らない土地も、知ってる土地も。
裁断も縫製も、アートだ。
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