香り松茸、城 ひめじ!〜世界遺産だ!はじめての姫路城〜

2月なかば、週末の休みを利用して、よむこ家族一同 兵庫県の親戚の家へ遊びに行っておりました。

と言いますのも、なんと長男が某ゲームの地方大会で優勝してしまい、決勝大会に出場することになったからだったのでした。

しかも、なんとその決勝大会での優勝者は、ハワイ、ホノルルでのエキシビションマッチにご招待という特典つき!

 

はわわわワイハー!!!

 

二親等四人まで。

わたくし、生まれてこの方 ハワイには行ったことありません。

あの、正月にイノウエコーゾーがスタンバっているという、ハワイ・ホノルル!

こんな野原一家にしか訪れないようなチャンスが我が家にも舞い降りるとは!!

長男にゲーム養成ギプスをつけさせねば!!

 

…などと鼻息荒く挑んだわけですが、結果は7位。

もうゲーム界の力石みたいな、ホセ・メンドーサみたいな、猛者がわんさとおりました。

ハワイこそ露と消えましたが、我々おとなは長男のおかげで大阪観光も楽しむことができたというわけでございます。

超ありがとう、息子!!

 

というわけで今回は、せっかくここまで来たんだからシリーズ・姫路城へ行ってきたおはなしをさせていただきます!
(プロローグ長くなりがち)

 

兵庫県にお住いの義姉宅へごやっかいになりまして、義姉一家といっしょに姫路城へ訪れました。

つまり、我々家族4人と義姉家族3人(もうひとり姪がいるのですが、試験中のため自粛)合計7人でゾロゾロと城を攻めて参りましたYO!

街中に突如現れる御城。

なにやら佇む老人が!

駐車場の茂みから何やら視線が!

あれは姫路城の妖精、ひめ爺に違いないですぞ。
(シルバー派遣センターの看板でした)

 

バカ言ってる。

 

姫路城は泣く子も黙る世界文化遺産で国宝であります。
(平成五年ユネスコ世界文化遺産登録)

かの有名な羽柴秀吉が播磨に侵攻してきて、これまた大河ドラマでおなじみの黒田官兵衛が秀吉に城を献上、イケイケドンドンの秀吉が三重天守の城を築いてから今までおよそ440年くらい、天災や戦争なんかもあったわけですから、修理に修理を重ねて大事に保存されてきたわけですね。

とはいえ、わたくし予備知識はあまりなく、世界遺産であるほかは「とっても攻めにくいお城。」くらいしか認識がありませんでした。
詳しいうんちくはご紹介できませんが、シンプルな初見の感想などをお伝えできればと思いますよ。

 

姫路城は世界遺産でありながら、一大観光スポットですね~。

広大な駐車場、品ぞろえ豊富なお土産ショップ、駐車場から城へのアプローチも丁寧に整備されており、普段 城や史跡に訪れるとなると興味が無さ過ぎて気絶しているうちのキッズの足取りも軽やかです。

確かにアトラクション感ある。

シラサギ気分を味わいたくてもドローンなんて飛ばしちゃダメ!

さてここで、入城口でもらったパンフレットの地図をごらんください。

タップorクリックすると、大きい画像が開きます。

・・・アホほど広いんです。

我々は入城口から「いの門」、「にの門」まで順に抜けて大天守に向かい、城内を小天守群まで含めて観覧し、本丸の広場で記念撮影、お菊井戸の前を通って外にでたという道程でした。

つまり、向かって左側の西の丸や、右側の「帯郭櫓」などは見てません。

なぜなら、体力的に相当きつかったからです←

 

姫路城の大天守、ざっくり6階建てなんですけど、とにかく階段の傾斜が急。

上まで登って降りてきたころには、膝で笑ってココロで泣いて、顔は真顔でした。

扇形に反り返る石垣。

狭間にはサマる次男。(おやじG)

次男は特にこの丸三角四角にくり抜かれた「狭間(さま)」がお気に入りで、ずっと埋まってました。

狭間とは、矢や鉄砲を放つための穴で、外側にむけて穴が小さくなっているため、のぞき込んでも人が落ちる心配はありません。

開けられた位置によって立狭間、居狭間、寝狭間とも呼ばれるが、姫路城は片膝をついて鉄砲を撃つときに使われる居狭間が数多く見られます。

姫路城パンフレットより

個人的に最恐の門。

いよいよ本丸に近づく「にの門」、道幅も狭く坂となっているので、城に攻め込む敵兵は一列で攻め進めるわけですが、城サイドはここを越えられるとヤバいので、なにがなんでも足止めせねばならんのです。

いままで散々弓矢や鉄砲で撃たれ、「石おとし」から石やらうんこやらを落とされ、死に物狂いでたどりついたこの「いの門」、通称「兜落とし」と呼ばれる低い天井から、なんと土砂で埋め立ててしまうことができるとか…

なんと恐ろしい…

わたくしは閉所恐怖症でうんこ恐怖症なので、まじで怖いと思いましたしこの時代に生まれなくてよかったなと思いました。

この「にの門」上部に「十字紋瓦」といって、キリシタンだった黒田官兵衛のゆかりがある珍しい瓦だったらしいのですが、「うんこにまみれたまま土砂に埋もれて死ぬ」という恐怖におののいて瓦見るの忘れました。

さらに、城でもらうパンフレットには「キリシタンだった黒田官兵衛」とはっきり記述してあるのですが、観光客のおっちゃん数人が「黒田官兵衛がキリスト教に帰依した記録は残ってないから、その説はまゆつばだ。」と喧々諤々、口角泡飛ばしていたので、歴史ってつくづく諸説あふれるものだなぁと思ったのでした。(ひとごと)

数々の門をくぐり、坂を上り続け、いよいよ城内に入りましたよ我々。

ほぼ梯子な階段。

「階段撮るよ。」というのにカットインするダンナ。

記憶喪失なのかしら…(心配)

 

さて、ここから一気に写真が減ります。

くどいようですが、登っていくのに一苦労なんですよ。

この日はあまり混雑していなかったのですが、それでも続々と後ろから観光客がやってくるので、休む間もなく黙々と上を目指しました。

たくさん目にする武具掛け。

大天守内の見どころとしましては、外からは分かりにくかった石落としや、伏兵を配置する「武者隠し」、射撃した際 室内に充満する硝煙を排出する高窓、
そしてなんといっても地階から五階までズバーンと立つ御柱、(現在は鉄板で補強)東大柱と西大柱は圧巻でありました。

 

写真はないけど!!

 

さて、今回の見どころはもうひとつ、わたくしにとってはこちらが本丸です。

「世界遺産登録25周年記念」として2/1~28日まで、普段は公開していない「小天守群」の内部公開をしていたのです。

小天守は、大天守の北、北西、西に配し、それぞれをイ、ロ、ハの渡櫓で中庭を囲むようにロの字型に結ぶなど、連立天守群を構成しています。

「世界遺産25周年記念」パンフレットより

大天守観覧料とは別料金なのですが、この復刻版観覧券がまたシブくて嬉しい。

昭和9年ごろの観覧券の復刻版だそうですよ。

メモリアルチケッツ!

この「ロの渡櫓」で 「殿!」と呼んで振り向くやつ。

あれをやりたい。

あれをやるために来たと言っても過言ではありません。

さっそく長男に呼び止めてもらう役、わたくしが殿役で颯爽と歩いていくわけです。

そして5メーターくらい離れたところで「殿!」と声をかけ、振り向く

思てたんと違う。

…なんだろう、このコソ泥感は。

全身からにじみ出る卑屈感。

(なぜか次男がはいつくばっている。)

 

・・・ま、まぁわたくしオンナだし、威風堂々というわけにはいかんのだから、これは息子にやらせよう。

 

わたくし「颯爽と振り向くんだよ!殿様なんだからね!」

長男「わかった(半笑い)」

 

・・・バカ殿振り向き選手権になってしまった。

 

あの鳥はもしや・・・

乾小天守から見た大天守。

大天守上空を優雅に飛ぶ鳥を撮影。

 

姫路城、大天守、小天守群、じゅうぶん堪能し、歴史ロマンを肌で感じ、子供たちも自力で登ることができ、大満足です。

さあ降りようと階段を改めて見ると

 

いやーー!!!こわい!!!

登りより3千倍こわい。

・・・もはや落とし穴やん。

子供たちを滑り落としてはイカンと、手すりへし折れるくらい握りつかんで降りました・・・

 

ところで。

みなさま、姫路といえば名物はなんでしょう。

ナンバーワンの殿さまグルメは、播磨灘のアナゴでしょうね。

しかしながらですね、姫路って、B級グルメの宝庫なんですね~。

和風だしに中華麺をつかった「えきそば」や醤油ベースの「姫路ラーメン」、そしてコレ。

チビ太スタイル!

姫路おでん!

生姜醤油のお出汁でたいへん美味しい。

姫路っておでんが名物だなんて初めて知りました。

こちらは酒粕出汁!美味。

なぜ、おでんが名物なのか、その起源は龍野市がお醤油の産地であること、生姜の産地だった地域もあることからおでん食文化が根付いた説が有力なのですが

わたくし、気づいてしまったのです。

この形。

厚揚げの三角、たまごの丸、こんにゃくの四角・・・

 

そう!

 

狭間ではありませんか!

 

悠久の時を超え、姫路では人々のイブクロを狙い撃ちしているわけですね!!

・・・

・・・・

 

特に意味はないけど白子も注文しました。

姫路城、一度ではやはり攻略できませんね~

行けなかった西の丸や腹切丸もふくめ、ぜひまた訪れてみたいと思いました。

少年、旅先で木刀買いがち。