「人並みになるとは、人並みの喜びだけではない。悲しみも苦しみも全て引き受けるということだ。人並みになりたいのであれば、それを重々承知せよ。」p159
林半右衛門が「小太郎」に叫ぶセリフ。
時は16世紀、勢力を広げる戸沢家の武功者「林半右衛門」と、宿敵児玉家「花房喜兵衛」との因縁の戦が始まる。
山で祖父と共に暮らす「小太郎」は、追い込まれた半右衛門を救ったことで、狙撃集団雑賀衆(さいかしゅう)の中でも、ひとたび左構えの銃を持たせれば絶人の才をもった少年であることがバレてしまう。
そして戦は、小太郎の運命を大きく変えていってしまう・・・
和田竜先生というお方は、コントラストのパキット効いたヒューマンドラマを紡がれるのが本当に達者でいらっしゃいますね。
時代は群雄割拠の動乱の世。
むくつけき武者や狡猾なじいさんがわんさと出てくるのに、どの登場人物も憎めないという巧みさ!
400ページない、時代小説としては短いお話なのですが、涙がビュービューでました。
十一歳の小太郎は、祖父の要蔵(ようぞう)と山でひっそりと暮らしているんです。
小太郎はその風貌や無邪気さゆえに、猟師村や農村の子どもたちに「小太郎の阿呆」と そしられているけれども、けして怒ることのない優しい少年でした。。。
ある「できごと」が起こるまでは。
まず何に泣くって、小太郎の「やさしさ」ですよ。
鳥や猪を撃つ際、「ごめん」という。
猪の死骸の背を撫で続ける。
祖父の要蔵が半右衛門に言うんですよ。
「人に怒ることを知らぬ。人を憎むことを知らぬ。度外れて人に優しいのだ。」
乱世の武者である半右衛門には分からないんです。「優しさなど弱者への憐み」であり惰弱だと。
でもその小太郎の底抜けの優しさに愕然とするんですね。
小太郎は「馬鹿」なのではなく「馬鹿」がつくほど優しいのだと。
武者の半右衛門が思わず抱きしめたくなる衝動に駆られるんですよ!!
ヒューマニズム!!!(泣)
…物語は悲劇と言っていいでしょう。
でもなんですかね、悲しみの淵にある希望がずっとキラキラ輝く話なんですよ。
哀しいけど、絶望ではない。
小太郎をずっと蔑んでいた猟師の子、玄太との友情。
小太郎の「この世で最も欲しかったもの」、友情。
そして、半右衛門とも、確かに友情で結ばれていくんです。
あとですね、ほんのりロマンスも入れるんですよー和田センセーという方は!このこの!
半右衛門には鈴という想い女(びと)がいたんです・・・冒頭ですでに亡くなっているんですけどね。
「人並みになるとは、人並みの喜びだけではない。悲しみも苦しみも全て引き受けるということだ。」
はじめに引用したこの半右衛門のセリフ、終盤にもう一度でてきます。
本作は戦国時代を舞台にしたフィクションですが、土煙の匂いがするようなリアリティがあり、小太郎のかわゆさに悶絶したり同情したり、また寄り添いたくなるに違いありません。
スーパーおすすめの一冊です。




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